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旭川地方裁判所 昭和60年(ワ)196号 判決

原告 山本邦子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 八重樫和裕

被告 三榮スポーツ産業株式会社

右代表者代表取締役 柴好範

右訴訟代理人弁護士 鈴木悦郎

右訴訟復代理人弁護士 浅井俊雄

主文

一  被告は、原告山本邦子に対し金五四一万二一二九円、原告菅原康芳に対し金五〇三万七一二九円及び右各金員に対する昭和六〇年六月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告山本邦子に対し金二一八六万四四一二円、原告菅原康芳に対し金二〇八六万四四一二円及び右各金員に対する昭和六〇年六月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告菅原康芳(以下「原告菅原」という。)、同山本邦子(以下「原告山本」という。)は訴外山本大器(昭和四九年一月二一日生、以下「亡大器」という。)の父母である。

被告は北海道旭川市神居町台場五八七所在の台場ケ原サン・バレースキー場(以下「本件スキー場」という。)を経営している。

2  本件事故の発生

亡大器は、昭和六〇年三月二三日午後五時四〇分ころ、本件スキー場ゲレンデを滑降中、グリーンペアリフトと称するリフトの山頂終点から下方約一〇〇メートルの地点にあるコンクリート製の照明燈支柱(以下「本件支柱」という。)のむき出し部分に衝突して頭部を強打し(以下「本件事故」という。)、同日午後六時四〇分ころ外傷性ショックにより死亡した。

3  被告の責任

(一) スキー場の経営者はスキーヤーに安全なゲレンデを提供すべき義務があり、ゲレンデ内に工作物を設けざるをえないときは、スキーヤーが衝突する危険の一番少ない場所を選んで設置し、かつ、その付近での滑降を禁止する等の措置を請じ、また、衝突事故の発生に備えて当該工作物に防護柵や衝撃緩衝装置等を付設して危険を未然に防ぐ措置をとる等の管理上の責任を有する。

(二) しかるに、被告は、本件支柱をゲレンデ中央部という不適切な場所に設置し、右支柱周辺を滑降禁止にしないばかりかかえって右支柱の脇をスキー少年団の回転コースに指定していた。

また、被告は本件支柱に衝撃緩衝装置として厚さ二〇センチメートル高さ一・八メートルのウレタン製マットを巻いていたが、本件事故当時、雪融けが進行して雪面が下がっていたのに雪面に合わせて右マットの位置を下げなかったために雪面から右マットが浮き上がった形となり、右支柱下部の雪面から約七〇センチメートルの部分は、コンクリートがむき出しの状態となっていた。

(三) 結局、右は被告が占有する本件スキー場のゲレンデの設置又は保存に瑕疵があったというべきである。

4  損害

(一) 亡大器の逸失利益

亡大器は死亡当時満一一歳の健康な男子であり、本件事故で死亡しなければ一八歳から六七歳までの四九年間、就労可能であったから、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、年齢階級別平均給与額(月額金二五万四四〇〇円、賞与年額八七万〇五〇〇円)によれば年額金三九二万三三〇〇円の収入を得たであろうからこれを基礎とし、控除すべき生活費を五割とし中間利息の控除につきライプニッツ式計算法を用いて亡大器の逸失利益の現価を算定すれば次のとおり金二五三二万八八二四円(円未満切捨て)となる。

計算式 3,923,300円×(1-0.5)×12.912≒25,328,824円

(二) 原告らの相続

原告らの他に亡大器の法定相続人はいないから、原告らは亡大器の死亡により右逸失利益の賠償請求権につきそれぞれその二分の一の金一二六六万四四一二円を相続により取得した。

(三) 慰謝料

亡大器は原告らの長男で明朗活発な将来を期待される少年で、長男を亡くした原告らの落胆悲しみは甚大である。ことに、原告山本にとっては同菅原と離婚後親権者となり女手一つで育ててきた掌中の玉ともいうべき子供であっただけに、その受けた打撃は計り知れない。結局、慰謝料としては原告山本につき金八〇〇万円、同菅原につき金六〇〇万円を下らない。

(四) 葬儀費

原告菅原は亡大器の葬儀費用及び仏壇購入費として計金一七二万七八〇〇円を支出したが、その内金一〇〇万円の賠償を求める。

(五) 弁護士費用

原告らはそれぞれ弁護士八重樫和裕に本件訴訟を委任し着手金として各金六〇万円を支払い、成功報酬としてそれぞれ認容額の一割を支払うことを約したが、その内各金一二〇万円の賠償を求める。

よって、原告らは、被告に対し、民法七一七条一項の工作物責任に基づき、原告山本において金二一八六万四四一二円、同菅原において金二〇八六万四四一二円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は、衝突の態様、部位の点を除き、認める。右に除外した点は不知。

3  同3(一)は争う。同3(二)の事実のうち、本件支柱の位置が不適当な場所であること、支柱付近を滑降禁止にせず本件支柱脇を回転コースに指定しているとの点は否認し、その余は認める。同3(三)は争う。

すべてのスポーツは危険が伴うものであり、スキーはゲレンデの凸凹による転倒事故、立木、工作物あるいはスキーヤー同志の衝突事故の危険の中で行うものである。そして、スポーツの施設に存在していることが予期できぬ危険については、これを放置している施設管理者に工作物の管理瑕疵に基く責任が課されるが、危険物ではあっても、それがスポーツ施設に不可欠で当然その存在が予期されるものについては、施設利用者自身の注意と判断によって回避すべきであり、施設管理者に責任がない。本件支柱は、ゲレンデの照明燈支柱で、スキー場に不可欠の設備で、右目的に沿う場所に設置せざるを得ないものであり、しかも明確にその存在を認識できるものであるから、本件支柱とスキーヤーとの衝突事故については施設管理者に責任は存しない。被告は万一の事故に備え本件支柱に緩衝装置を設置していたが、これはあくまでもサービスにすぎない。

4  請求原因4(一)のうち、亡大器の死亡時の年齢の点は認めるが、その余は争う。同4(二)のうち、原告両名が亡大器の相続人であることは認めるが、その余は争う。同4(三)は争う。同4(四)は不知。同4(五)のうち、原告両名が弁護士八重樫和裕に本件訴訟を委任したことは認めるが、その余は不知。

三  抗弁(過失相殺)

1  グリーンペアリフト山頂終点から本件支柱にかけての斜面は緩斜面であり、スキー技術二級の亡大器は勿論、普通スキーヤーが転倒する場所ではないばかりか、支柱と支柱の間は約三〇メートルもの十分な間隔があるから、この中間部分を通過すれば仮に転倒したとしても支柱に激突することはない。

2  しかるに、亡大器は、本件事故当日、スキーのビンディング締具の調整を怠り滑降中外れてしまう危険性のあることを知りながら漫然と本件支柱に接近しすぎて滑降した過失によりビンディングが外れて転倒し、その結果本件支柱に激突したものである。

3  したがって、損害賠償額の算定にあたっては右事情を斟酌し、少くとも損害の八割は減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故について検討する。

1  請求原因2記載の日時に、本件スキー場ゲレンデを滑降中の亡大器がグリーンペアリフトの山頂終点から下方約一〇〇メートル地点にあるコンクリート製支柱に衝突し、外傷性ショックにより死亡した事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、本件スキー場のゲレンデは面積約八〇ヘクタール、スロープの全長約七〇〇メートル、傾斜度平均一三度、最高二八度の比較的緩斜面の多いスキー場であり、ゲレンデ内には三基のリフトが設置されているが、そのうち全長約六六〇メートルのグリーンペアリフトがゲレンデのほぼ中央部に位置し、同リフト西側には併行して照明燈支柱が一七本設置され、上から四本めが本件支柱であること、本件スキー場では、通常の滑降コースのほかに、ポールを立てて回転の練習をすることができるコース(以下、スラロームバーンという)を右グリーンペアリフト及び照明燈支柱の西側の斜面に設定しているが、右リフトの山頂終店でリフトを降りたスキーヤーが右転回して直接スラロームバーンに出るコース設計にはなっていないため、回転の練習をするスキーヤーはグリーンペアリフト山頂終点でリフトから降りると左転回して右リフト東側斜面をやや下ったところから右リフトの支柱間及び照明燈支柱間、ことに本件支柱上方付近の緩斜面の比較的スキー操作をし易い個所を斜めに横切ってリフト西側のスラロームバーンに滑降してくることが認められる(なお、リフト及び滑降コースの位置については別紙図面を参照)ところ、《証拠省略》によれば、本件事故当時天候は晴で見通しは良好であったが、雪面は雪氷化していたこと、本件支柱の上方斜面には雪面がやや小高く盛り上ったような状態になっている個所があったこと、本件支柱は直径三五センチメートルのコンクリート製であり、当時同支柱には高さ一・八メートル、幅九四センチメートル、厚さ一〇センチメートルの防護用マットが取付けられていたが、雪面から約七〇センチメートル上のところに取付けられており、雪面から上七〇センチメートルはコンクリートの支柱がむき出しの状態になっていたこと(本件支柱及びマットの取付け状況の点は当事者間に争いがない)、当時グリーンペアリフトに乗っていた目撃者によれば、亡大器は上方から一人で滑降中ジャンプをしたような格好になりバランスを崩し、その直後ゴツンという音がして亡大器が本件支柱付近でゲレンデ下方に顔を向けて横になって倒れていたこと、亡大器の頭蓋骨には骨折が認められること等の事実が認められ、また、《証拠省略》によれば、亡大器は小学校のスキー少年団員で全道小学生アルペン競技大会にも選手として出場し、昭和六〇年二月にはスキー検定二級に合格した腕前を持ち、本件事故当日は、翌日旭川カムイスキーリンクスで行なわれるスラローム大会の出場に備え、友人と午後三時ころから本件スキー場に来て練習していたことが認められる。

3  そうすると、右2に認定した事実関係よりすれば、亡大器は、グリーンペアリフト山頂終点でリフトを降り、左転回して同リフト東側斜面を滑降し、同リフト西側のスラロームバーンに出るため、本件支柱上方付近から、同リフト西側斜面に向けて滑降中、スキーの操作を失敗して前記小高い雪面個所でジャンプしてバランスを崩し、そのまま本件支柱下部のコンクリート柱のむき出し部分に頭部から激突したものと推認することができる。

なお、証人鈴木功一は、本件事故後亡大器と一緒に滑っていた子供らが報道関係者の取材に対し、亡大器は本件事故当日滑降中に六回程スキーのビンディングが外れていたが、事故直前も本件支柱上方の小山でジャンプした際ビンディングが外れて転倒したと話しているのを聞いた旨証言しているが、右証言は前掲証拠及び本件事故に関する新聞記事である甲第一号証(その成立は当事者間に争いがない。)その他弁論の全趣旨に照らし、たやすく採用することはできない。

三  そこで、被告の責任について判断する。

1  本件スキー場のゲレンデの状況、殊にグリーンペアリフト山頂終点からスラロームバーンに至るまでの状況は、前記二2に認定したとおりであり、同事実によれば、本件支柱周辺はグリーンペアリフトを降りたスキーヤーが同リフト西側のスラロームバーンに出るために通過する滑降経路の一つと認められ、同所は緩斜面で比較的スキー操作をし易い個所とはいえ、スキーヤーが右経路を滑降中転倒し、あるいはスキーの操作に失敗し、右支柱に衝突する事故の発生する可能性の存することも否定できないというべきである。

2  ところで、民法七一七条にいう「土地の工作物」とは土地に接着して人工的作業を加えることにより成立した物をいうところ、スキー場のゲレンデは、一般に、自然の地勢を利用しているものの樹木を伐採し地盤を造成、整備するなどして土地に加工を施したものであることは公知の事実であり、弁論の全趣旨より本件スキー場のゲレンデもまた同様であることが明らかであるから本件スキー場のゲレンデは土地の工作物にあたるものである。

そして、スキー場のゲレンデは、スキーヤーの生命身体の安全を確保し危険の生ずることを防止するための措置が講じられていることが必要であり、スキーヤーの滑降場所付近は障害物を除去し、必要な設置物については直撃の場合に生ずる重大な結果を阻止するための防護設備を備えることを要し、かかる措置が講じられていないゲレンデは土地の工作物の設置、保存に瑕疵があるというべきである。

これを本件スキー場のゲレンデについてみるに、本件事故現場は、前記のとおりスキーヤーが本件支柱の設置位置の周辺を頻繁に滑降している個所であり、本件支柱には防護用として前記マットが備えつけられていたものの、雪面に応じて右マットの位置の調節が行なわれていなかったため下部約七〇センチメートルにかけてコンクリート柱がむき出しになっていたのであるから、前記の如きゲレンデに要求されるスキーヤーの危険防止措置に欠けるところがあったといわざるをえない。

結局、本件スキー場のゲレンデには民法七一七条にいう土地の工作物の設置、保存の瑕疵が存在し、被告は本件スキー場を経営しゲレンデを管理占有する者として本件事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。

四  次に、損害の点について検討する。

1  亡大器の逸失利益

亡大器が本件事故当時満一一歳の男子であったことは前記一のとおりであり、亡大器が本件事故により死亡しなければ満一八歳から六七歳まで通常の男子として稼働可能であったことが推認されるから、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年齢年間平均給与額金四二二万八一〇〇円の年収を基礎とし、控除すべき生活費を五割とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、次のとおり金二七二九万七〇三六円(円未満切捨て)となる。

計算式 4,228,100円×(1-0.5)×12.9122≒27,297,036円

2  原告らの相続

原告らが亡大器の父母であることは前記一のとおりであるから、同人の死亡により原告らは右損害賠償請求権を各二分の一の金一三六四万八五一八円ずつ相続により取得したことが認められる。

3  慰謝料

本件事故の態様、結果、亡大器と原告山本、同菅原との身分関係その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば、亡大器の死亡による慰謝料として原告山本につき金六〇〇万円、原告菅原につき金四〇〇万円とするのが相当と認める。

4  葬儀費

《証拠省略》によれば、原告菅原は亡大器の葬儀費用及び仏壇仏具購入費として計金一七二万七八〇〇円を支出したことが認められ、原告菅原は右のうち金一〇〇万円を請求しているところ、亡大器の死亡年齢等を考慮すると、原告菅原が賠償を求めうるのは金五〇万円とするのが相当である。

五  過失相殺

一般にスポーツは常に危険を内在しており、特にスキーにおいては相当高度の危険性を内在していることは明らかであり、スキーヤーは自己の技量に応じて滑降しゲレンデの状況等を把握して速度を調節する等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務を有するというべきである。

ところで、本件支柱は、前記二2のとおり、ゲレンデ中央部のリフト支柱に沿って設置され、スキーヤーが予め明確にその存在を認識できるものであるから、その付近を滑降する際には衝突することのないよう十分注意すべきことは明らかである他、本件事故の発生した三月下旬の夕刻は雪質が変化しゲレンデの状況が悪化してスキーが操作し辛くなることはスキーヤーとして当然知っていなければならないことであるから、本件事故当時、支柱周辺を通過するにあたっては、平常時よりは滑降経路、速度等に注意して慎重に滑降すべき義務があったというべきである。

そして、前記二2に認定の本件事故の態様、ゲレンデの状況、特に本件事故発生場所付近は、緩斜面であり、スキー操作をするにはさして困難な個所ではないこと等からすれば、本件事故の発生については亡大器にも相当大きな過失があったものと認めざるをえず、右過失を斟酌すれば過失相殺として前記損害額の七五パーセントを減額するのが相当である。

したがって、前記損害額を合計すると原告山本につき金一九六四万八五一八円、原告管原につき金一八一四万八五一八円であるところ、右過失相殺をする結果、原告山本につき金四九一万二一二九円、原告管原につき金四五三万七一二九円(いずれも円未満切捨て)となる。

六  弁護士費用

原告らがそれぞれ本件訴訟の提起、追行を弁護士八重樫和裕に委任したことは当事者間に争いがなく、右弁護士に対し着手金として各金六〇万円を支払った他成功報酬として認容額のそれぞれ一割を支払う旨約したことは弁論の全趣旨により認められるところ、本件事案の内容、認容額その他諸般の事情に照らし、本件事故を相当因果関係のある弁護士費用としては原告両名につき各金五〇万円を認めるのが相当である。

七  結論

以上によれば原告らの被告に対する本訴請求は、原告山本において金五四一万二一二九円原告菅原において金五〇三万七一二九円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海保寛 裁判官 窪田もとむ 三村晶子)

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